人は、演じる生き物だと思う。
場所によって変わる自分。
家の中の自分、職場の自分、よそに行ったときの自分。
相手によっても変わる。
夫婦での自分、親子での自分、先輩といるとき、後輩といるとき、初めて出会う人の前、友人といるとき、久しぶりに会う旧友の前でも。
どこでも誰に対しても同じ、という一貫した人もいるのかもしれない。
でも多くの場合、私たちは自然と「違う自分」を使い分けている。
つまり、演じ分けている。
たとえば、さっきまで普通に話していた人が、電話に出た瞬間に声のトーンが変わる。
あの感じを想像すると、わかりやすいかもしれない。笑
子どもも例外ではない。
子ども同士でも、少しの関係性の違いで、見せる姿は変わる。
子どもを見て感じたお話はこちらから👇
そして面白いのは、そこに台本はないということだ。
それでも、当たり前のように会話が生まれている。
これって、よく考えるとすごいことだと思う。
むしろ、台本通りにやるほうが難しいのかもしれない。
「インプロ(即興劇)」というと、難しそうに聞こえる。
でも実は、私たちは日常の中でずっとそれに近いことをやっている。
人は、生まれたときから演じ分ける存在だ。
おままごとやごっこ遊び。
あれもまた、「自分ではない誰か」を生きる練習のようなものだと思う。
そう考えると、演じることは特別なことじゃない。
むしろ、とても自然なことだ。
そして、だからこそ思う。
「どの自分が本当か」ではなく、
「どの自分も、自分なんじゃないか」と。
子どもの頃に当たり前に持っていた、あの感覚。
あの自由さ。
できれば、忘れずにいたいものだ。



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