「英語っている??」
昔の私は、本気でそう思っていました。
中学2年生で英語につまずいてからというもの、テストでは欠点ギリギリラインをなんとか通り抜けてきたタイプです。
日本に住んでいるのに英語なんて必要ある?
海外に行く予定もないし。
そう思っていた私に、大きな壁が現れたのはUSJで働き始めたときでした。
エンターテイナーとして働き始めたのですが、周りを見てびっくりしました。
外国人ばかり。
新人の顔合わせの日、40人ほどが円になって集まりましたが、ほとんどが外国人。
「ここ日本やっけ?!」と思うくらい、まるで海外研修に来たかと思う環境でした。
そして勤務し始めた、英語が飛び交う職場。
英語が苦手で、しかもシャイな私は、正直かなり苦労しました。
頼りはGoogle翻訳。
でも、そんな環境で週5日過ごしていると、不思議なことが起きました。
英語を理解できているわけではないのに、
なんとなく言っていることが分かるようになってきたのです。
受け取ろうとする気持ち、
伝えたい気持ちがあれば、
伝わる。なんとなく。
そして気づきました。
英語は、テストで点をとるためのものではなかった。
人と関わるためのものだった。
英語は友だちを作るためのもの
2年目になると、体力や精神面でも少し余裕も出てきました。
すると自然とコミュニケーションも増えていきました。
休日に一緒に出かけたり
パーティーに呼ばれたり
しょうもないことでふざけあったり
ある日、勇気を出して同じチームの彼らに英語で誘いました。
「甲子園、行かない?」
学生の頃、英語のテストで赤点ばかりだった自分が、外国人の友だちを野球観戦に誘っている!
こんなことが起きるとは、学生時代の自分に聞かせてやりたい。
そして伝えたい。「英語いるで。」
あの日の甲子園は本当に楽しかった。

そして思いました。
英語って、友だちを作るためのものだったんだなと。
外国語教育の意味を考え直す
小学校では外国語活動が必修になっています。
正直に言うと、
「英語の授業」だと思っていました。
でも指導要領を読んでいくと、もう少し大きな意味が見えてきます。
キーワードは
- 言語
- 文化
- 多様性
外国語を学ぶということは、単に英語を覚えることではありません。
違う文化を知ること。
違う価値観の人がいることを知ること。
そして、そういう人たちと関わりながら社会で生きていくこと。
これからの社会では、外国人と一緒に働くことも珍しくありません。
そのときに必要なのは、
「正しい英語」だけではなく、
コミュニケーションする力
なのではないかと思います。
コミュニケーション教育としての外国語活動
私自身、ここ数年「コミュニケーション教育」というテーマで学びを深めています。
人と関わる力
相手の話を受け取る力
対話を通して関係をつくる力
こうした力は、これからの社会でますます重要になっていくと言われています。
外国語の授業も、本来はその一つなのではないかと思います。
正しい英語を話すことよりも、まず話してみること。
間違えることよりも、関わろうとすること。
そんな経験の中で、子どもたちは少しずつ言葉を身につけていく。
実際、コミュニケーションを中心とした活動はとても盛り上がります。
例えば、簡単なやり取りのゲーム。
短い言葉だけを使ってできる活動。
こういう活動では、文法が完璧じゃなくても子どもたちはどんどん話します。
楽しみながら、自然とコミュニケーションが生まれていきます。
外国語教育のゴール
私がUSJで感じたこと、そして小学校教諭として考えていることを合わせると、外国語教育のゴールはここにある気がしています。
英語を「正しく話せること」ではなく、
英語を使ってつながれること。
英語は、テストで点を取るためのものではありません。
英語は
人とつながるためのもの。
あの時の彼らの姿を思い出すと、そう思わずにはいられません。
もし外国語の授業が、
「英語を学ぶ時間」ではなく
「英語で関わる時間」
になったら。
子どもたちの学び方も、少し変わるのではないか。
そんなことを考えている今日この頃です。
英語の授業に関与できないのが、少しもどかしい…

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