対話って何?―まだ見たことのない景色を追いかけて

「対話って、結局なんなん?」

考えてみたが、私は今まで一度も

これぞ対話や!

というものを見たことがない。

でも自分が目指している一つのゴールであること。
これは間違いないと思う。

見たことない、わからないわりに、
対話について考えてみたいと思う。

対話とは

考えるといいながらも、さっそくAIに聞いてみた。

「対話って何なん??」

もちろん、こんなストレートに聞いたわけではないが、
こんな答えがあった。

「お互いが変わる可能性を持って話している状態」

なるほどと思った。

ウェルビーイングは個人の在り方

心理的安全性は自分とその周りの環境

そして、対話は話をしているそれぞれの状態

ポイントは、二人なら二人が、複数なら全員が
互いに同じ状態であることだと思う。

では、「変わる可能性をもって話す」とは、
どういう状態のことなのか。

これって対話?

これまでの会話をふりかえってみた。

まず、子どもに指導しているとき。

これは、相手を変わらせにいっている話なので、
もちろん対話とは言えない。

議論は?

これは、自分の意見を曲げずに勝ちにいこうとしている。
これももちろん対話ではない。

ただ、本気で話をしているうちに、
相手の思いや考えていることに共感したり、納得することがある。

自分が変わるかもしれない、そういう状態があると、
少し対話に近づいているのかもしれない。

もう少し、身近な会話から。

誰かと好きなことを語り合う時。

共感の嵐。
ある意味、深まりはあるのかもしれない。
そして、見方が変わることも。

ケンカのあと。

今後どうすればいいか、折衷案を考えるとき、
お互いが歩み寄っていく状態は、
かなり対話に近いといえるのではないだろうか。

自分の子ども(3歳)と話す時。

まだ少ない言葉を紡ぎながら話すことを、
必死で理解しようと聞き、こうかな、ああかなと話す。
そうやって話しながらも、一歩一歩成長していく我が子。
自分の心も、子どもとともに成長していっているのかもしれない。

これって対話?

なんとなく、方向性は見えてきたのかもしれない。

答えはまだわからない。

答えのない答えをもとめて

そう、まだ答えはわからない。

でも、答えがないのが対話だとも聞く。

対話とは…

相手を変えようとするのではなく、

自分の考えはもちつつ、変化を厭わない状態であること。

そして、

少しずつ考えが揺れたり、広がったりしていくこと。

そんな対話を見てみたい。


教室の中が、

「正解を言う場所」

じゃなくて、

「考えが動く場所」

にできたらおもしろいなと思う。