USJのステージでYes, andを1000回やっていた話

先日、仕事でUSJに行ってきました!

と言っても、子どもの引率ですが…

あの懐かしいシアターを横目に見ながら待機していました。

帰ってから、先輩に自分の出ていたショーの動画(といっても、やっているのは今の人)を見せてもらい、「どうなん?」と聞かれた時、ふとスイッチが入ったわけです。

懐かしい気持ちももちろんありましたが、つい語ってしまいました。

そう、今でもあのショーをみると(自分なら…)が溢れそうになるのです。

数えきれない覚悟の数々

よく聞かれることがあります。

「あれってどこまでが台本なん?」

台本はあります。流れも決まっています。

でも、お客さん(あと他のキャスト)の反応を受けて進む部分が多い。

だからアドリブのように見える。

今回あらためて気づいたのは、

「相手の反応を受ける」ということ。

一人での前説。

お客さんの反応は不可欠です。

自分で流れを決め切ってしまうのは、もったいない。

自分が出したアクションのあと、

必ず相手の反応を待つ。

思った通りになることもあれば、ならないこともある。

その場で起きたことに、ただ反応する。

シンプルだけれど、これが難しい。

そんなことを、1000回以上ステージの上でやり続けていました。

だからこそ飽きなかったし、突き詰められたのだと思います。

だって、毎回お客さんが変わるから。

まだインプロのイの字も知らなかった頃から、

基礎である「Yes, and」を、身体でやり続けていました。

出したからには、責任をとる。

そこから逃げない。

アイデアを出すには、覚悟がいる。

責任を取る対価

インプロの練習に、「ノークエスチョン」というゲームがあります。
※出典:心理的安全性アンバサダー協会

文字通り、質問をしてはいけない。

3〜4人で行い、ステージ上には2人まで。
質問をした人は、何か理由をつけてはけなければならない。

たとえば、職員室。

A「失礼します」
B「どうしたの?」

その瞬間、Bはアウト。
「あ、呼ばれたから行くね」とはける。

代わりにCが出てくる。

質問は、ついつい使ってしまう。
でも、よく考えるととても安全な言葉だ。

相手に委ねているだけで、
実は自分は何も決めていない。

物語を前に進めているようで、
責任は取っていない。

しかし、質問ではなく設定を足すとき、
そこにはリスクがある。

でもその分、場が動き出す。

ステージでも同じだった。

質問を投げる場面もあるけれど、
正直、いい反応はあまり期待できない。

急に振られたお客さんは、戸惑う。

それよりも、登場の瞬間や、
ウルトラE、ウェーブなどのアクションを投げたあと、

あそこでどれだけ反応を受けられるか。

こちらが何かを出したなら、
その先までしっかりと責任を持つ。

相手の反応を待ち、
そこからもう一度アイデアを出す。

出して、受けて、また返す。

その往復が続いたとき、
その場が一方通行ではなくなる。

一人で盛り上げるのではなく、
お客さんたちと一緒につくっていく感覚。

それはきっと、
本当の意味での「対話」なのだと思う。

安心があるからこそ、
その対話は深まり、
やがて大きなうねりになる。

そう、あの一体感のあるウェーブのように…

次のステージへ

ついつい語ってしまった自分をふりかえってこう思った。

今の自分なら、もっと場を温めることができたかもしれない。
(あの時の体力はもう残っていないが…)

そんな今、わたしのステージは変わった。

でも、やることは同じではないだろうか。

自分からアイデアを出すからには、
相手の反応をしっかり受けて、また返す。

ただそれだけ。