先日、子どもたちの引率で「読書会」というものに参加してきました。
「読書会」とは、同じ本を読んだもの同士が集まり、その本について語り合うというもの。
言葉は聞いたことがあり、図書の授業の時になんとなく実践したこともありましたが、しっかり準備されて集まったものは初めて見る機会になりました。
しかも、この会では題材となった本の作者の方もゲストで参加され、直接お話を聞けるという、とても貴重な時間となりました。
と同時に、「対話」を間近で見て、「対話」について改めて色々考えるきっかけとなりました。
経験こそすべて
まずは作者の方。もちろん初めましてなのでしたが、とくに前情報もなくお会いしたからか、年齢にびっくり。80を超える方でした。
戦争体験者。人生経験の違いで、こうもお話が深くなるのかと、こちらにもびっくり。
子どもの質問に対しての答えが、予想もしない答えばかり。
いかに今の時代の子どもたちが裕福な生活を送ることができているのか。どれだけ娯楽が溢れているのか。
そして、子どもだけではなく自分も。
当たり前が当たり前でないことがあった。そもそも当たり前とは?
こういった新しい方との出会いは、いつも自分をアップデートしてもらえています。
それだけでも大豊作。
本の力
ここからは読書会本編。
初対面でも本一冊の話題で話ができる。
普段は感じることのなかった本の持つ力を感じた瞬間でした。
共通の話題があると話が生まれるように、本だけではないと考えると当たり前のことだけど、本は1人で読んで終わりという自分の当たり前が邪魔していたのだろう。
きっかけが本であったが、そこから学校を越えての交流が生まれていたのも、読書会のいいところだなと感じました。
対話の基礎体力
一方で、「対話」の難しさを感じる場面が多くありました。
・ワークシートを用意して参加してるということもあり、安心して話出せる反面、ワークシートに書いた情報を共有して終わってしまうこと。
・相手の話に共感はするが、そこで終わってしまうこと。
・大人が入ると話は進むが、そこから大人主導になってしまうこと。
・逆に子どもたちに任せても深まることなく終わってしまうこと。
「話」と「対話」の大きな違いに気づいた瞬間でもありました。
では、「対話」として深めるためには何が必要か。
・(関心をもって)話を聞く力
・次に話をつなげる力
・自分の考えを表現する力
このようなスキルと、そのスキルを使って対話すら経験が必要だと考えました。
会話が次につながらず、発表だけになってしまうことをくり返す様子は、まさに「対話の基礎体力」がついていないということだと、平田オリザさんの言葉を理解するとともに、実感しました。
開拓者たち
読者会本編以外の部分ではありますが、子どもたちの印象的な姿も見ることができました。
初対面にも関わらず、自分から声をかけにいく姿。
そして、子どもだけではなく大人(作者の先生)にも自然と関わろうとしている姿。
これを子どもだからと終わらせてしまわず、先ほどの「対話」に必要な力と結びつけて考えてみると…
話ができるということがスタート地点のようにも見えるが、そもそも自分から話すことができる関係を作ることがスタートになるのではないだろうか。
話を深めることが対話の目標ではあるが、そこに向かって話し始めるためには、初対面でも「関係を切り開いていく力」が必要だと子どもたちの姿から感じました。
そして、それが自然とできていた子どもたちの姿は、本当に素敵だなと感じました。
理想の対話をめざして
まずは、関係を作り出すこと。
その次は相手の話に興味を持ち、共感したあとの「もう一言」。
そして最後は、正解を見つけることではなく、話のやりとりそのものを楽しむこと。
そのためにも安心して話すことができる環境づくり。
もっというならば、その場で話を回すことができるファシリテーター的な役割を担えること。
そういった力が着くと、一歩も二歩も先に踏みこんだ読書会(だけでなく、全てにつながる対話)になるなと思いました。そのためには…
対話の達人
ひょんなことから「対話」について改めて深く考える機会となりましたが、
そんな私、最近対話をする機会が格段に増えました。
そう、今や知らない人はいないであろう通称「チャッピー」
その名もChatGPT
チャッピーのすごいところは、今話していたように対話の共感→意見を望まずとも返してくれるところ。
その情報量が故に、私も気になることや、さらに考えたことを次々と返してしまう。
まさに対話の達人。(太鼓の達人みたい)
1言えば100返してくれるチャッピーはまさに対話の達人のおに。
AIに負けじと、私もおにとは言わないが対話の達人のふつうくらいを目指して、ドンドンお話をすることを楽しんでいこうカッと思います。(うまい!←)
