この度、約4年ぶりに演劇に挑戦するということで、これまでを振り返っていくとともに、自分の糧にしていこうと思います。
※補足
今回はストレートプレイ、いわゆる歌を歌うミュージカルやオペラは除くものとしています。オペラはしたことありませんが。
ミュージカルでいうと、合唱団で合唱ミュージカル的なものがありました。
あと、なんといってもズボン船長。
この辺りは、また別の機会に…
第一章 初舞台
演劇の初舞台は、大学出てから…
と長らく思っていましたが、やってました。
遡ること約18年前、中学3年生の時。
関学中学部では、毎年文化祭のある11月頃、3年生の各クラス対抗の演劇コンクールというものがありました。(調べて見ると、共学になった今もやっているみたいです。)
これは各クラスが、脚本から演出、音響効果、照明なども全て含めて生徒だけでやるという、今思えばなかなか挑戦的な行事でした。
中3という時期もあり、そんなん恥ずいわーという人は、裏方に回り、イケイケなクラスメイトが表舞台で活躍するみたいな風潮があったようななかったような。
中学時代といえば、それはもうイケイケとは程遠い生活を送っていたわけで。PSPモンハン全盛期だった。教室では隅っこにいました。
そんな私でしたが、演劇コンクールとなった時、やりたい!と思い立ったのでした。
今思えば、この頃からそういのがしたかったんだなぁ…
意を決して、イケイケなところに飛び込んだ結果…
ナレーターの役をいただきました!
よくわからん大人しいやつだけど、これならいけるか。という最大限の配慮だったように思います。優しく受け入れてくれるクラスメイトでよかった。
出番は、冒頭の部分だけでしたが、見事初舞台終了!
歴代の先輩の中に、この演劇コンクールをきっかけに俳優になった方もいましたが、私はそこまで火がつかなかったようです。
以後、何か役をもらって演劇をするという機会はしばらくありませんでした。
第二章 再び初舞台
出演者とのつながり①
それから、大学までは合唱にお熱でした。
そんな私が、大学卒業直前にミュージカルのオーディションを受け、受かり、初ミュージカル出演。これが大学卒業後の夏。ここはさらっと。
そこから火がつき、地元の市民ミュージカルに2月頃に出演。ここもミュージカルなのでさらっと。でも…
そう、この市民ミュージカルが大きな出会いとなりました。
公募で集まったが中心ではありますが、それだけでは人数も揃わず、中々形にしにくいのが現状。(コロナ禍もあり、今はこういった市民ミュージカルはなかなかやっていないのでは?)
そんな中、強力な助っ人となるのが、作・演出など講師陣の教え子で、出演する川で来ていただいている皆様。
その中で、まさにこれから劇団を立ち上げようとしている方がいました。
ミュージカル終演後?打ち上げの時?(どのタイミングか覚えてない…)その方から、劇団立ち上げの初公演である旗揚げ公演に出てみないかとお誘いをいただきました。
ミュージカルやりたい!としか思っていなかった私にとっては、ん?ガチの演劇?どうしよう…
とかなり戸惑いましたが、その頃は何でも新しいことに挑戦したいお年頃。(今もですが。)
おそらくその場で返事をしたと思います。
そんなこんなで、初?ストレートプレイ出演決定。表向き初舞台ということで。
愚か者

「見果てぬ夢」脚本 堤泰之
あらすじ
ここはとある病院の中庭。
先生、看護師、患者、お見舞いに来る人、謎のおばあちゃん?!様々な人が訪れるところ。
其々に思い、考え、夢が有り、時間が過ぎて行く。
そこに先程ガン告知をされた男が…
彼の思い…考え…夢とは…
いただいた役は、ガン告知ができない若手医師の役。初っ端からガン告知の練習をする長台詞から始まるというもの。
ストレートプレイは、ミュージカルと違い、歌や音楽は効果として使うくらい。
当たり前ですが、全編通して役同士の台詞のやり取りで進んでいきます。
甘く見てました。初めての私にとっては膨大な量の台詞。
しかも記憶力がよくない方なので、ただただ台詞を覚えるというところに苦労しました。
本番の週に入っても台詞がつまるところが多々あり、共演者の皆様には本当に迷惑をかけ続けてしまっていました。
そんな私でも、最後まで粘り強く声をかけ、稽古をつけてくださった演出はじめ、経験豊富な役者さんには本当に感謝しかないです。
なんとか本番を迎えることができ、役者今井脩として初舞台を終えることができました。
この「劇団Timeless Letter」さんには、後々またお世話になることになります。
第三章 次の舞台
出演者とのつながり②
それから、実はストレートプレイはほとんどなかったです。
ユニバではショーMCって感覚で、お客様とのやりとりがあったり、
ズボン船長にも何度か出演させていただき、
ズボン船長がない年があり、その年に京都の舞台芸術創造団体ワンダーラーファクトリーというところにお世話になりました。
ここはズボン船長での共演者繋がりでした。
その年は星の王子さまを原作としたMusical Performance「OUJI〜遥か地平線の彼方で〜」に出演。
一応ミュージカル区分ですが、役所としては演技メインでした。メインキャストの弟役、酔っ払い、あとチャンバラも少し…
後に、この団体のラボ公演?ということで、若手が作・演出をする公演にも呼んでいただきました。

こうしてみると、懐かしい…
演劇ポイント!
アラサー女子の相手役だったのですが、この時に
「何か日常的なことをしながら台詞を話すと、自然な話し方に近づく」
というものを体感しました。
仕事の最中に相手と話すシーン。
舞台がホールという設定(文字にするとややこしい…)だったこともあり、ベテラン演出家の方から、相手とは同じ職場なので、ホールスタッフとして、コードを巻き巻き片付けながら会話を進めていくということに。(←バンドマンなので、シールド巻き巻きのスキルが活かせた!)
すると、台詞が前までと比べて自然になった
+そのシーンとしても絵になった
一石二鳥!これが演出か…と。
演劇学校で少しは学んでいたものの、実際にやってみることでとても腑に落ちました。
あ、演劇学校…
番外編 演劇学校
そう、実は1年だけ演劇学校に通っていました。
兵庫県立ピッコロシアターがやっている、ピッコロ演劇学校。
ユニバのオーディションにも2回落ち、社会人になってからの運だけでは、先もないだろうと探してみつけたのがこの演劇学校。
詳しくはこちら↓

当時、小学校で働いていましたが、平日夜2日とたまの土日というのをみて、これならいける!と、試験を受けて見事合格。
本科生は、これから演劇に関わるような方も多く、年齢も職種も(中にはもちろん学生も)多様でした。
私は本科一年のみでしたが、その後、研究科というのもあります。
前期後期に分かれており、前期は特別講師をお招きしての講座が多め。
ここで、平田オリザさんや、いいむろなおきさんなど、貴重な出会いもありました。
とくに、平田オリザさんのことをここで知らなければ、演劇教育について考え始めることもなかったです。
他には、生徒だけの小グループで、作・演出等も自分たちでやっていくワークがメイン。
前期の最後には、小グループごとにオムニバス形式で発表会もありました。
ただ、少し病んだり、無事にユニバのオーディションに受かったこともあり、後期の途中からは参加せず、卒業公演も辞退。ちゃっかり卒業だけはしました。
当時は平日仕事、夜演劇学校、たまにアクロバット教室、土曜は合唱とアクティブ元気いっぱいでした!
第四章 再び…
ユニバ2年目、体力、気持ち的にも少し余裕が出てきたので、再びストレートプレイに挑戦。
たまたま、旗揚げ公演でお世話になった劇団The Timeless Letterさんが、池袋の演劇祭に参加する&オーディションの情報が。
東京という、普段とは違う場所、お客様の前でできるという魅力的な企画に、すぐさま応募からのオーディション。無事に合格をいただきました。
私的には、1回目の公演で迷惑をかけてしまったリベンジでもありました。
作品は「SEVEN STORIES」

相変わらずおしゃれなフライヤー…
ちなみに、本の表示を模していて、チケットはしおりになっています!洒落てる…
なんとこの作品、13役を5人(主人公以外4人で12役。1人3役。)で演るという、裏でもバタバタ、表ではしゃべりまくりの会話劇。
ひたすら台詞入れるのに苦労しました。
それに加えてダンスも。笑
自分の実力のなさを感じながらも、精一杯やり遂げることができて、最高に楽しかったです!
1番嬉しかったのが、本番1ヶ月前に行われたCM大会で大賞をいただけたこと。
1分という限られた時間の中で、主催の素晴らしい演出のもと、みんなで勝ち取ることができました!

第五章 これから…
コロナ禍もあり、演劇どころかエンタメの世界から遠ざかってしまった私ですが、約4年ぶりに表舞台に立たせていただくことになりました。
しかも、ユニバ時代の同期であり、戦友でもあり、良き後輩の彼からのお誘い。
これを機に…これからどうするかは今度のやつ無事に終えてから考えるとします!
まずは目の前のことから一つ一つ丁寧に…
まだまだ経験も浅く、未熟な私ですが、役者今井脩も応援していただければと思います!
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